History

沿革

柏商会100年のあゆみ

第1章

ビルの高層化と共に技術を高める

3

大浦聰雄が代表取締役に就任

創業者の境政一郎が退任し、
大浦聰雄が2代目の代表取締役に

1971(昭和46)年、創業者の境政一郎が71歳で逝去し、大浦聰雄が2代目代表取締役に、政一郎の次男の境紀世治が専務に就任した。大浦は入社当初から後継者として期待されており、専務に就任してからは、政一郎の代わりに経営的な決断を下すこともあった。

大浦聰雄 代表取締役社長

第2代代表取締役社長・大浦聰雄(新社屋竣工時)

大浦聰雄の経営方針

大きな動きのひとつが、番頭3名へののれん分けである。大浦は、取引先のゼネコンを増やさず、大林組と鴻池組の仕事に集中することで、業務の効率化を図るという方針を示した。番頭の役割も、大浦と政一郎の息子で跡継ぎである境紀世治の2名が担うのが、妥当だという考えであった。そこで、番頭のうち2名には、大林組の集合住宅部と不動建設株式会社の仕事、もう1名には大林組と鴻池組以外のゼネコンの仕事(当時、小規模なゼネコンの取引先が3~4社あった)を引き継がせて独立させたのである。一方、3名のうち1名は妻の家業を継ぐことになった。

このように、経験が豊富な番頭を独立させた後での代表取締役就任となった。大浦は社交的で、ガラス関係の事業者との会合にも積極的であったという。

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