History

沿革

柏商会100年のあゆみ

第1章

ビルの高層化と共に技術を高める

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高層ビルの建設ラッシュを迎えて

都市部で進む超高層ビルの建設とガラスの大型化

1956(昭和31)年4月に関西板硝子工事協同組合を結成して以降、加盟したガラス工事店の仕事は、10階建て以下のビルや日本住宅公団の団地やマンション、工場が中心となった。ビルの高さについては、1919(大正8)年に制定された、建築基準法の前身である市街地建築物法により、住居地域では65尺(後に20m)、住居地域以外の用途地域では100尺(後に31m)に制限されていた。そのため、大阪のオフィスビルについても階層は10階程度に留め、建築面積を広く取る大型化が進んだ。

しかし、1968(昭和43)年4月、東京に36階建ての霞が関ビルが竣工したことを皮切りに、超高層ビルが次々と登場。また、ガラスにおいても、ビルの1、2階では高さ5~8mのものが使用されるなど、大型化が進んでいった。

1970(昭和45)年の建築基準法の改正で容積制が全面導入されたことに伴い、31mの高さ制限が完全撤廃された。これを受け、競うように超高層ビルが建設される時代を迎える。

当社においても、ますます業容が拡大。必要となる運転資金が大きくなり、1967(昭和42)年11月には、資本金を600万円に増資している。

ビルの高層化への対応

低層階の窓ガラスは、主に5㎜や6㎜が中心であったが、高層階では高い風圧にも耐えられるよう15㎜などの厚みのあるガラスが使用される。そのため、ビルの高層化が進むほどガラスが重くなり、また、高層階になるほど運搬する距離も長くなった。エレベーターはあっても、多種多様な工事業者が順番で使用するため、作業の段取りと人員構成が合わないこともある。工期を守るために、職人を増やして対応することが必要となった。

一方、大林組は創業から80年を迎えたのを機に本店ビルを新築し、1973(昭和48)年1月に竣工した。大阪大林ビル(現・北浜 NEXU BUILD)と名付けられた新本店ビルは、地下3階、地上32階、高さ120mで、関西初の本格的超高層ビルとして話題になっている。ガラスを多く使用していることも特徴であり、このビルの誕生は、当社においても新しい時代の潮流を感じる出来事となった。

旧・大阪大林ビル

大阪大林ビル(現・北浜 NEXU BUILD、1973年竣工)

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